最愛の彼女に浮気された男の努力記

彼女に浮気されてフラれた車好き25歳。起業してお金持ちになってスーパーカー買ってもう一度彼女を振向かせるまでの記録。

日本企業にはびこる協調性、まるで牧場の羊みたいな人生で楽しいの?

会社は組織。

だから、ある程度協調していくことは必要不可欠だと思う。

「ある程度は」

そして、いまの会社の過剰なまでの協調性の徹底。

良くも悪くも古くからの日本企業であり、

僕にとってこれが会社を辞めようと思う結構大きな原因だったりする。

 

ということで、今日は日本にはびこる「協調性」について考えてみたい。

 

組織の異端はデメリットだらけ。だけど僕は異端であり続けたい

 

「みんなと一緒」はまるで牧場の羊

みんなが右回転している中、左回転を始めるような自分。

僕みたいな人間は、組織の和を乱す異端ということで周りから疎まれ、

正直、組織の中で生きるにはデメリットだらけ。これは事実だ。

 

しかし、僕は思う。

 

常に周りと同じように振舞い、組織の中で一切の摩擦を起こさず安定した毎日を過ごすこと。

サラリーマンとしては、最適解な過ごし方である。

しかし、まるで先頭の一頭に無意識に付いていく牧場の羊のような生活、

自分には到底受け容れられない。

というのも、一切の摩擦を起こさないというトラブルフリーの毎日を送るゆえ、

彼らは自分の頭で考えるという習慣を失っている。

だって、毎日同じように上から降ってくる仕事をこなしているだけだから、問題なんて発生しないんだもん。

そして彼らからみたら、僕みたいな異端は、

「また余計なことをして!」と思っていることだろう。

 

だけど、僕もただ何も考えずに組織の和を乱しているつもりはない。

あくまで他人の意見や組織の構造に矛盾がある時は、

周りに同調しないだけ。

そして、みんなが右回転している中、常に左回転をするような人は、

「単なるわがまま」だと思い、そうはならないと常に意識しているつもりだ。

 

 

一匹オオカミと協調性が無いは違う

僕が目指している一匹オオカミと、

ただ単に協調性がないわがまままな異端児との違い。

 

それは信念があるかどうか。だと思う。

 

一匹オオカミは自分の信念の元に行動する。

だから普段はみんなと同調しつつも、

他人の意見に論理矛盾があり、それを自分に強制しようとするなら牙を向く。

そして、同調できるものがその組織に無いなら、辞めていくだけ。

僕は、こうありたい。

 

一方、自分に信念がない協調性のなさは、ただごねているだけ。

周りからしたら、単なるわがままで、

これは組織にとってのガンでしかないと思う。

 

 

 

これからは同調しているだけでは生きられない社会になる

30年前だったら、テレビと新聞が言っていることを鵜呑みにして、

何も考えずにみんながすることを真似していれば生きれたかもしれない。

 

しかし、インターネットの登場により、

誰もが無限の情報に触れられるようになった現在、

自分で情報を集め、考える能力がどんどん重要になっている。

 

匿名のネット上では、みんながそれぞれの価値観で言いたいことを言える。

まだ現実はそうではないが、きっとそんな世の中が間も無くやってくる。

 

そして、何が正解で、どう行動するかは一人一人が決めること。

その時、これまでずっと長いものに巻かれる毎日しか送らなかった牧場の羊たちは路頭に迷うだろう。

 

 

まとめ

組織に所属している以上、協調性は必須である。

しかし、何でもかんでも同調するといういまの組織のあり方には、

自分は疑問を感じる。

そして、自分は周りが間違っていると思ったら、迷わず自分の意見を主張する。

しかし、その意見も論理性がなければ単なるわがまま。

何も考えていない、牧場の羊たちからしたら、

どっちも変わらないように見えるのかもしれないが、

僕は常に自分の信念を持った一匹オオカミでありたい。

 

あと、いまの会社の同調圧力を見てて気付いたのだが、

この日本人の性質利用すれば、何かビジネス出来るのではないかと思っている。

例えば、新興宗教情報商材とかは、

この日本人の同調性に上手くつけ込んだ商売だと思う。

 

自分で情報を集め、自分の頭で考えて、自分で行動する能力が退化した人々ばかりのこの社会、これを逆手に取ってやれば、カモがそこら中にいる。

そして、あまり社会から褒められるビジネスではないが、

ここに大きなビジネスチャンスがあるのでは?と最近退屈な仕事の合間に考えている。